2025年3月5日
投資見通し
グローバル経済:世界情勢の移行と関税がもたらすリスク
ローラ・クーパーと
TIAAのマーク・パトリックによるQ&A
権力構造が変化し、これまでの世界秩序が揺らぐ中、国家も投資家も同様に状況の変化への対策をめぐらす。足元の混乱の要因と、投資家への影響について、Nuveenの親会社、TIAAでマクロ&カントリー・リスクチームを統括するマーク・パトリックとともに考察。
ローラ・クーパー:米国主導の体制が薄れるにつれ、世界では大国間の衝突が増加し、マルチポーラー・システム(多極体制)へ移行する可能性。足元の世界情勢の変化をどのようにみているか。
マーク・パトリック:第二次世界大戦以降、世界の大部分は米国が主導する自由貿易と安全保障の枠組みのなかで運営されてきたが、近年ではこのシステムの崩壊が顕著に。ロシアによるウクライナへの侵攻はこれまでの秩序に大きな疑問を投じ、欧州の安全保障における理想を打ち砕くことでNATOの境界地域における緊張が再燃。バイデン政権による世界同盟の回復に向けた取り組みから、トランプ新政権による孤立主義的で関税重視の体制への移行はこの枠組みをさらに弱体化させ、国際社会では世界秩序原則への疑問が拡大。
この体制変化により、世界情勢の境界は不明確になり、より不安定かつ予想が難しい状態に陥ると懸念。中国・台湾間で情勢の緊迫化がみられる一方で、足元ではアメリカの戦略調整によりグリーンランドやデンマーク、パナマ運河でも緊張の高まりを観測。また、ロシア、中国、北朝鮮、イランも結託して自由貿易を通じた国際秩序における波乱要因になりえる。
ローラ・クーパー:グローバリゼーションの衰退は、これまでの安定した貿易環境のなかで利益を得ていた投資家や企業にとって新たな問題になる可能性。この点についてどのように考えているか。
マーク・パトリック:問題は大きく経済、軍事、財政への影響という3つの側面から考えることができると思料。まず、経済については、米中間を中心とした貿易摩擦が深刻化することで市場の不確実性が高まるとともに、インフレ圧力が上昇することを予想。また、各地域では国際的なサプライチェーンへの依存度を低減する試みがみられるようになり、自給自足的な経済へ向かうトレンドが出現する可能性。このような流れを受け、投資会社は地政学リスクへのエクスポージャーを削減するべくポートフォリオの見直しを継続すると思料。
安全保障秩序の弱体化は国家間紛争リスクにも発展。これまで防衛への投資が不足していたこともあり、欧州および米国では防衛力を強化する必要性が高まる。核保有国を巻き込んだ紛争に発展する可能性もあり、前例のないリスクが存在。これにより各国の軍事司令や諜報機関は早急に潜在的な危機に備えた戦略的な態勢に移行。
以上のような経済的な圧力と政治的分裂により、増大していく脅威に各国が対処するために求められる能力は複雑化。世界金融危機、コロナ禍、インフレの急上昇などを経て、多くの先進国の財政は弱体化。早急なグリーン・エネルギーへの移行が必要とされるなか、防衛や気候変動対策への大規模な投資に対して有権者は消極的になってきており、財政的制約の複雑化を助長。
ローラ・クーパー:将来は貿易戦争から大規模紛争の脅威まで発展する可能性をはらんでおり、不確実性に満ちている。この状況を乗り越えるために投資家が求められることは。
マーク・パトリック:今の環境において投資家やリスク・マネージャーは警戒心と適応力を持つことが必要であり、より慎重な投資判断の重要性を強調。「グローバリゼーションは止まらない」という考え方はもはや現実的とはいえない状況。
リスクが高まるなかでは分散が第一の防衛線に。投資家はマーケット・ショックや地政学的な混乱に対して備えるために、異なる資産クラスやセクター、地域にエクスポージャーを分散することが重要。TIAAのような一般勘定の運用者は広範に分散を効かせたポートフォリオを維持することを最優先事項に設定。
地政学的な不確実性を乗り越えるためにシナリオ分析も不可欠。投資家はリスク・シナリオを問い続ける必要があり、潜在的なシナリオをモデリングすることで危険信号を早期特定し、先を見通した判断を下すことが可能。例えば、中国・台湾間の緊張の高まりを仮定した場合には、中国市場への依存度が大きい企業から資金を退避することが必要。シナリオの結果に基づいて予防的な行動をとることで、将来のショックからのポートフォリオの保護につながる可能性。
また、各国の法域ごとに投資のエクスポージャーを見直す必要性も浮上。すべての地域が同様に安定的で予測しやすいといった仮定は無効になっている状況。投資判断の際には、地政学リスク、貿易環境、地域経済の分断を考慮することが必要。
投資家はクレジットや格付けが良好な一方で、地政学リスクが高い市場への過度な資金配分は回避するべきであると思料。各国の法域におけるリスクを勘案しながら確固たる投資フレームワークを形成することが重要。
すべての地域が同様に安定的で予測しやすいといった仮定は無効になっている状況。
ローラ・クーパー:現在の状況を乗り越えるために、投資家がこれまでの歴史における世界情勢の変化から他に得られる教訓はあるか。
マーク・パトリック:ドットコムバブル崩壊や2008年のリーマン・ショックのような過去の金融危機からの教訓として、過去のデータに基づいた統計モデルは機能しない場合があるということに注意。このようなモデルは将来の資産の動きが過去に倣うとの仮定を前提としている傾向があるが、人間の行動や地政学イベントが介入する場合にはこの仮定を保持することは危険であると思料。
金融市場では「100年に一度の洪水」が発生する可能性は、実際には「100年に一度」以上に大きい。投資家は従来のリスク・モデルを疑い、過去のパターンを否定するような突然の市場下落に備えることが必要。
機敏さをたもち、従来の仮定を疑う準備をしておくことが投資家にとって重要。市場はかつてないほど政治的、社会的な情勢と相互に関連。適応性と忍耐強い考え方を身に着けることで、投資家はこの不確実な時代をうまく乗り切ることができると思料。
過去の金融危機からの教訓として、過去のデータに基づいた統計モデルは機能しない場合があるということに注意。
ローラ・クーパー:現在、世界は岐路に立っており、各国がこの新たな現実にどのように適応し、新たな同盟を構築し、壊滅的な紛争を未然に防ぐかは未だ不透明。おそらく、安定的かつ予測がしやすい時代はすでに終わりを迎え、不確実の時代が到来。そのなかで投資家は投資戦略を見直し、リスクを軽減するための対策を講じることが不可欠。
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